短編怪談 #132「お母さん？」
これは、知り合いが教えてくれた
ちょっと奇妙な体験談です。
その方を仮に田村くんとします。
田村くんは実家暮らしの学生。
これといって
霊感があるとか、そういった類いに
敏感だなんて話は
今まで聞いたことはなかったんですが
つい先日、奇妙な体験をしたと言います。
それは、ある日のこと
いつものように仕事から帰ると
母がお風呂に入っていました。
田村くんの家（うち）は
父親が単身赴任で関東にいて、
実家には田村くん、田村くんの母
犬のチェコが一緒に暮らしています。
いつも田村くんが帰ると
チェコが飛びついて来るそうで
「よーしよーしよしよし」
としばらく戯れて遊ぶそうです。
晩御飯は母と食べるのが日課なので
お風呂から上がるのを
チェコと遊びながら待っていると
突然チェコが唸りだしたのです。
「ガルルルルルル…」
はじめはチェコの嫌なとこでも触ったかなと思い、
慌てて手を離しましたが
どうやらチェコはお風呂場の方に向かって
唸っているようでした。
「ガルルルルルル…ワンワン！！」
チェコがそのままお風呂場に走って行きました。
「おい、どうした？チェコ」
田村くんはいつもとは違うチェコの行動が気になり、
お風呂の方に見にいくことにしました。
洗面所の目の前がお風呂場らしいのですが
その前でチェコがひたすら浴室に向かって吠えています。
あまりに様子がおかしいので
田村くんは
「か、母さん？」と浴室内の母親に声をかけました。
しかし、返事がありません。
あれ？と思い、
コンコン とノックをしてみましたが
それも応答なし。
「聞こえてないわけないよな…」
とモヤっとしたそうですが、
とりあえずチェコを部屋に引き戻して
母が出るのを待つことにしました。
すると、5分くらい経った頃でしょうか
玄関の鍵がカチャンとあき、ドアが開きました。
「ただいまー」
「…え？」
田村くんは一瞬思考が止まりました。
母の声でした。
さっき、確かに風呂でシャワーを浴びていたはずです。
慌てて風呂場まで見に行くと
そこには誰もいませんでした。
慌てる田村くんに母は
「どうしたの？」
と聞いてきたそうですが
とても、ほんとのことを言う気にはなれませんでした。
「見間違いであればまだいい」
田村くんはそう思いました。
ただ、風呂場には
今さっきまで誰かが居たであろう
生暖かい水滴が残っていたそうです。
確かにそこに誰かが居たのです。
田村くんはその日、
風呂には入れなかったと言います。
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